035
「さて、これで当分ヤツは戻ってこんじゃろ。…ああ、気にせんでええんよ、あいつがいると進む話も進まんけぇ。
それと、これはワシのお気に入りの菓子じゃ。神戸から取り寄せたもんでの、ウマイんよ、遠慮いらん、食べんさい。それで、何だったかの」
「…随分甘いですね。俺たちがここで修業したころには、お師匠さんのお取り寄せスイーツ(笑)なんて頂いたことはなかったのに」
プリンをみつめたまま固まる森野に軽く状況の説明をして、前田は永川に話の続きを促す。しかし永川は白い目で前田を見ると、突然、恨み言を口にした。
「そ、そうだったかの。しかしな、あいつを追い払いたい言うたのはお前じゃろ」
「掃除をきつく言いつければいいことじゃないですか。大体、昔はそうだったはずです」
「あいつはそれで納得しないタチなんよ」
「それは普段からお師匠さんが甘やかしているから……、」
師弟のやりとりを片耳で聞きながら森野は、これは単なる食い物の恨みなどではなく、もっと別の問題だと考えた。
永川と山崎は同い年だと先刻言っていたのを聞いたから、昔の永川、つまり今の山崎よりもずっと年若いはずの永川に、前田はもっと厳しく接していたことが伺い知れる。
「過ぎたことをいつまでもグチグチ言うでないわ、時効じゃ時効。今食わせてやっとるんじゃけ、文句言うな」
もちろん、前田が歳をとって人間がまるくなったなどとも考えられるだろうが、おそらくもっと大きい要因は、二人のキャラクターの差だ。
「そういう問題じゃありません。失礼ですが、あいつをきちんと育てるつもりがおありですかと聞いてるのです」
推測の域を出ないが、永川の修業は前田のペースで進んだのに対し、山崎の修業は前田も気づかないうちに山崎のペースで進められているのだろう。
ぷるぷるとおいしそうに揺れるプリンの角にスプーンを入れながら森野は、コイツ損な性格だな、と心の中で勝手に永川を憐れんだ。
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