031

「…まあ、子供の教育が悪うて申し訳ない。ほれ、座りんさい」
「は、はい」
襖が閉められたことでにわかに開放感の失われた和室で、机ごしの真正面から前田に声をかけられ、緊張した面持ちで森野は返事をした。
横から永川が座布団を二枚、森野のほうへ押して寄越す。そのうち一枚を自分の隣に置いてドアラを座らせると、森野も続いて腰を下ろした。
「お師匠さん、その仰りようは。あいつもいい加減、子供って歳じゃないでしょう、俺と一緒ですよ」
「お前も見とったじゃろが。いつまで経っても大人らしゅうならん、子供で充分じゃ」
「そう言って子供扱いをなさるから、いつまで経ってもああなんでは」
「なんじゃい、お前まで説教か。どいつもこいつも、そんなとこだけ老けよって。かなわんわ」
ひとしきり頭をかくと、前田は腕組みをして、森野のほうへ向き直った。
「さて、名古屋さん、ワシに何ぞ、用かの」
森野としては、折角会えた前田に名前を間違えられたままでは死んでも死に切れないから、どうしてもそこは訂正したい。しかし、たったいま勿体なくも真正面から前田に名を呼ばれた手前、呼んで貰ったそばからその御言葉を訂正するのも憚られる…。
「…ええと、改めまして、お初にお目にかかります。自分は………、」
一瞬の沈黙。前田は当然ながら喋っている森野のほうを注視し、続く言葉を待っている。
「名古屋……将彦と申しまして…、東のかたより参りました者です」
ちらりと左を見ると、永川は向こう側へ視線をそらしている。
「以前、お師匠様のお噂を耳にしましてからは、是非、是非とも一度お会いしたく存じまして…、今日、こうしてお会いできて光栄であります、ホントに…」
「そうかそうか、そんならつまり、別に用事はないちゅう事じゃな。見てのとおり、なんもないとこじゃが…、ゆっくりして行きんさい」
「は、はあ」
前田のミもフタもない暖かい言葉に森野はただ恐縮し、膝の上に拳を固くのせたまま、うなずいた。


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