027

すると、「はあい」という男の声がして、ほどなく中からドアが開き、出てきたのは、木綿の胴衣に袴姿、目が細く顎のしゃくれた痩身の男だった。
歳のころは永川と同じくらいだろうか。裸足で手にハタキを持っているところを見るに、この男は門下生で、今はちょうど掃除をしていたところなのだろう。
「おおー、ナーか!久しぶり」
「やまちゃん久しぶり。お師匠さんはいるかい」
「いるよ。呼んでこようか」
「いや、お客を連れてきたから、いま会って貰えるか、聞いてきて」
「お客?誰?」
そう言って門下生風の男は下駄をつっかけ、怪訝そうに玄関の外へ身を乗り出して…、
「うわ、なんやコイツ!頭でか!!!」
開口一番、男はそう叫んで後ろへのけぞり、バランスを崩しかけて壁に後頭部を打ちつけた。ガン、と鈍い音がする。
「ちょ、やまちゃん大丈夫か」
「客ってコイツかいな!人間とちゃうやん、ナー、冗談きっついわー」
「ちゃんと見ろよ、まあ、こいつも客っちゃ客だけど、もうひとりちゃんといるだろ!」
「もうひとり…?ああ、こちらさまか…」
眉をしかめて頭をさすりながら細い目をさらに細め、男はようやく、森野の姿を視認したらしかった。
「見えた?そいつはドアラ、こちらは森野さん。こっちは、ここの者で、」
「あ、山崎浩司、いいます。よういらっしゃいました」
「…森野将彦だ。どうも」
「名古屋からのお客だから、遠いとこ来てるから、なるべく待たさないで会ってもらえるように頼んで」
「わかった。ちょい待っててな」
「上がってていい?」
「あー、ええよ、おっしょーさーん、おきゃくさんやてー!!」
山崎は踵を返すと、ばたばたと足音を立て、大声を出しながら奥へ走り去る。しかし…、
「…なんやねん、おるんならもっとおるらしくしてもらわな。目立たんお客や…」
彼が去り際つぶやいた独り言は、至極残念なことに、永川の耳にも森野の耳にもしかと届いていたのだった。


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