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「もしや、あの、鶏小屋の…、」
「あらバレてた、御免なさい。あなたがあんまりすんなりデキちゃうもんですから、つい血が騒いじゃって」
狐は口をあけてケタケタと笑った。その拍子に、くわえていた油揚げの袋が床へ落ちる。
「ま、ほんと、感謝しますよ。それじゃ、また機会があれば」
油揚げを拾い直すと、狐はまた煙を出した。そして、その煙が晴れると…、そこに狐の姿はなかった。
「消えた…」
森野は呆然とした。そして、ドッと疲れを感じた。
「そうだ、水…、」
冷蔵庫の中に、冷えた水があると狐は言っていた。その言葉を頼りに開けてみると…、水はない。そのかわりに、季節外れの麦茶が入っている。
「これのことかな」
水と麦茶では随分な違いだ。しかし人の家の冷蔵庫から勝手に飲み物を取り出して飲む行為について、このとき森野は何も考えなかった。
なぜなら、森野はその名を知るべくもないが…、狐のカーサが初めにこの家の者だと名乗ったからだ。
しかしその実、カーサは冷蔵庫に水があるかどうかを把握していなかった。つまりは森野に冷蔵庫を開けさせるための方便だったのだ。
「うまい」
二杯を飲み干し、便所へ行って、森野は再び寝床についた。そして程なく、眠りに落ちていった。
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