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「…そんなこと、勝浩がするわけないだろう?」
「わかってるよ。だから夢だって言ってんじゃん。あー、でも、」
平静を装いつつ優しく否定する倉の言葉を撥ね退けて、マサユキは勝浩の顔を見た。
「なんか今日の勝浩は、ちょっと怖い顔してんな」
「馬鹿言うな。そんなこたねぇよ」
指摘を受けて永川は一瞬不意を突かれたような顔をしたが、すぐにあの人懐こい笑顔を作って見せた。しかしマサユキは笑わない。
「いま笑っても無駄だぜ。おまえさ、誰か…、うん、誰かを、殺すかもしれないと思ってんだろ」
「人聞きの悪いことは言わないでくれないか?」
「じゃあ殺すって言い方はやめようか。その誰か、そいつが死んでも仕方がないと思ってる」
睨むような目つきで、しかし口の端に僅かな笑みを浮かべ、マサユキは断言した。そんなことを言ったらまた永川が乱暴を働くのではないかと森野は内心冷や冷やしたが、しかし永川の対応は冷静だった。
「…バカバカしい。そんなの、スラィリーハントの世界じゃ当り前だ。まして、マスターを相手にするんだ、手加減してる余裕があるか。
じゃあ兄貴、鍵借りるぜ、森野はちょっとここで待っててくれ」
「あ、こら待ちやがれ、話がまだ終わってねぇんだよ…、」
立ち去ろうとする永川の背を追ってマサユキは立ち上がった、そして早足に2、3歩歩いたが…、そこで足を止めてしまった。
「頭が、痛い…、」
「…いかん」
倉が急いで駆け寄り、マサユキの痩せた身体を抱えようとしたが、それにも気づかないかのように、マサユキはまたバタバタと足を進めた。
たった今追いかけようとした永川すらも、もはやその視界には入っていないらしく、見開いた目はひたすら宙を見つめている。
「あ、ああっ、痛い、痛いよッ、脳味噌がぶっとんじまうよ…、」
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